自分にとってサッカーとは
幼稚園年長さんの時から始めたサッカー。
気付けば23年もサッカーを続けている。
サッカーを嫌いになったことは一度もない。
サッカーを辞めようと思ったことも一度もない。
実力は全然ないし、
足もとの技術なんて高校生の方がうまいぐらい。
それでも、
アマチュアながらサッカー選手として
ずっと第一線でプレーをしている。
大学4回生の時に
〈サッカーの道に進むか〉
〈教師の道に進むか〉
で悩み、結局後者を選んだ。
しかし、
自分の気持ちに嘘はつけなかった。
「やっぱりサッカー第一の人生がいい」
その想いで、
教師を1年で辞めることを決意した。
“自分が納得いくまで成長したい”
それを叶えるためにチームを探していたが、
最終選んだのは、
まだ始動もしていない南紀オレンジサンライズFC
という無名のクラブ。
加入を決断した時には
選手は自分ひとりだけだった。
そんな本当に“ゼロ”から始まったクラブ。
加入から6年。
紆余曲折ありながら、
というか苦しいことの方が多かった中で
クラブは少しずつ大きくなった。
運営会社も変わり、
クラブの中身も変わりつつある。
来季からはクラブ名もエンブレムも変わる。
しかし、
自分はあの頃から変わっていない。
自分のサッカーに対する基準も
成し遂げたい夢も。
教師を退職してまで飛び込んだこの世界。
すべてを懸けて決断したこの世界。
“あの時”から
ポジションは大きく変わったし、
選手としての特徴、能力も変化はした。
少なからず成長もしていると思う。
いろんなものが変わっていく中で、
やはりサッカーに対する想いは変わらないのだ。
そこを妥協してまで
サッカーを続けようとは思わない。
アマチュアだろうが下手くそだろうが、
和歌山の県リーガーだろうが、
プロ意識をもって
自分にも周りにも求めるものは求める。
そういう面で人とぶつかることも多い。
感謝の気持ちが足りないと言われたこともある。
自分としては
感謝の気持ちを欠かしたことはないと思っている。
しかし、
自分が高い要求(自分にとっては普通)をすることで
他者にそう見られることもある。
それでも自分は自分を曲げるつもりはない。
そこを曲げて、
基準を低く設定して…
って、
何のためにこの世界に入ったのか分からないから。
それは今もこれからも変わらないし、
変えるつもりは一切ない。
自分にとってサッカーとは何だろうか。
趣味?
生活の一部?
夢?
恋人?
正直、
コレという言葉では表せない。
どれも当てはまる気がするし。
人生そのもの
というと、
アマチュアが何言うてんねん
と返されるかもしれないがまさにそうかもしれない。
いつかは引退する日がやってくる。
膝も膝だし、
強制的にプレー不可能になることだって十分ありえる。
それが明日かもしれない。
引退後のことも考えないといけないけど、
サッカーをしていない自分を想像できない。
生きている意味が無くなりそうで怖い。
きっと、
第一線から離れたとしても
歩けなくなるまではサッカー少年で
あり続けていることだろう。
自分はこれまでずっと、
“自分のため”にサッカーをしていた。
夢・目標、
自分がどうしたいか、ありたいか
それをもとにサッカーをしていた。
しかし、
いつしか“誰とやるか”も重視するようになっていた。
“誰とやるか”
というのは一緒にプレーする選手もそうだし、
監督やコーチ、スタッフみたいに
“誰に付いていくか”
という意味でも。
だから自分は、
立身出世のためにどこのチームでもいいから
という気持ちはない。
そういう面では
選手としての向上心は低いのかもしれない。
けれど、
“選手”の前に一人の“人間”なのだ。
自分は人との繋がりや信頼なしに
人生を歩んでいくつもりはない。
逆に言えば、
信頼できない人には付いていこうとは思わない。
また、
“誰かのため”にという想いも強くなった。
これは
南紀オレンジサンライズFCに加入し、
応援してくれる人ができたからだ。
その人たちに恩返しするため、
笑顔になってもらうためにより一層がんばれる。
もう自分のためだけにサッカーをする自分はいなくなったのだ。
想いを綴る中で分かった。
自分にとってサッカーとは。
竹川恭平という一人の人間にとっての
〈絶対条件〉がサッカーなのだ。
〈必要条件〉ではなく〈絶対条件〉。
切っても切り離せない関係。
もしかしたら、
片足が無くなってもサッカーは続けているかもしれない…。
“自分のため”はもちろん、
“誰かのため”にもあり続けるし、
“誰とやるか”もその中で大事な大事な要素。
どれも欠かすことはできない条件。
ぼくはそういう場所に人生を捧げたい。
2026.10.1
#6 竹川 恭平